図案師

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2012年12月

ふぅ…初めてのクリスマスが終わった。
去年までは息子はクリスマスの意味もわからなかったし、やっていない。
ところが幼稚園で、
「かめんらいだーうぃざーどのべるととゆびわがもらえますように」
という赤い紙で作った長靴を持ってきたもんだから、それをベランダに飾ってお願いして…。

今日は午後から一緒に窓の外を眺めたり、NORADのサンタをグーグルで見たりして焦らす。グーグルでサンタの居場所が見られる、というのがルールになったようだ。
「俺のとこ、東京来ないのかなぁ」
とか言いながらずっとPCを眺めていた。
「サンタさんウチに来て一緒に座ってお食事すんでしょ?」
と言うから、
「世界中の子供のところに行くから忙しいんだよ」
と教える。

待つこと6時間以上。段々と眠くなってきた息子は風呂に入って、着替え終えて、
「まだ?今サンタさんどこ?」
っていうから、画面上ではオーストラリア辺りを飛んでたんだけど、このままだと23時くらいになりそうだったから、
「あれ…もう東京過ぎちゃったな。ほら、北からずーと来て、もうここだよ。ちょっとベランダに見に行こうか?」
と3階まで上がって暗がりの中でしばらく窓の外を眺めて…。

「あぁ!良景!あそこに袋がある!」
って予め置いておいたプレゼントを指差して。そしたらしばらく黙ったまま…本気でビビったようだ。喜びの奇声もあげず、真顔で袋を手にして、慎重に抱えて階下まで降りていって。

まだあのくらいの子供って、嬉しい時声が出ないのかな。次から次へと出てくるウィザードグッズに真顔だ。お目当てのベルトセット(ミニ)は義姉が買ってくれて同梱しておいた。やはりこれが一番嬉しかったんだよなと思いきや、案外お面が気に入ったようだった。

お面を被りながらグーグルの画面に向かって
「サンタさんありがとう!」
って言って、布団に入った。写真に変身セットの指輪が写っていないのは枕元にまで持って行ったため。苦悩の末に選んだ本物の指輪は
「これ大切に守るから」
って言ってくれた。けど今夜はおもちゃの方が良いようだ。

自分が父親になってクリスマスで初めてわかったこと。夢を持たせるという理由で子供を騙すのはとても心苦しい。俺のオヤジもサンタには扮せず、同じようなことをやっていた。姿を見せずにプレゼントを渡しに来てくれる人として、俺の心にサンタは存在していた。息子が寝た後に残るこの感覚。あいつはあれで喜んでいたから良いのだというのと同時に、この何とも言えない切なさ。

親心まで弄ぶとは、コカ・コーラの赤い邪心め…。
そして風邪がひどくなっているそんな師走の夜。

元旦に立てた今年の目標は“無病息災”だった。

結局、今年も年末に風邪。
鼻水から咳、熱、吐き気…
会社の忘年会を欠席する、という…恒例。
晦日に年賀状を書く、という…恒例。





2012年11月

赤ん坊が真っ赤な顔して一日中泣いている。
iPhoneアプリで泣き声の音量を計測すると…96dB

え〜と、ググってみる…
「自動車マフラーの規制値」

は?

(以下引用)
オーディオが聞こえない音量。
大声でしゃべる必要がある。
100mくらい先で聞こえる。
この領域を継続すると、将来難聴になる可能性が極めて高くなる。

家の中でエンジンふかしてる音かよ。
具合悪くなる。頭痛てぇ…




2012年10月

娘が産まれた。
予定より少し遅れた。
娘が産まれた。

「絶対、娘べったりになるよね」
「もう女の子可愛くてしょうがないよ」

出産前にいわれていた言葉は全部否定してきた。
俺にそんなことが起こるわけがない。

で、娘が産まれた。
初めて抱いた瞬間、このことの一緒の付き合い方が決まったような気がした。
やはり…かける言葉が無い。
女の子と喋れない。

俺は人生の中で、子供が欲しかった。
4年前に長男が産まれた時は体中の血が猛スピードで駆け巡った。
すげえ興奮した。
ただし、俺の子供は男しか想定していなかった。
女の子って…何?
何をどうすれば良いの?
男はこうしてああして。引っぱたいてぶっ飛ばして…
女の子って…何?
意味が分からない…

さて、娘の名前を決めなきゃいけない。

息子の時は簡単だった。「良」の字付けりゃいいだけ。
そこに意味を持たなくても、めでたい字が付けばそれでいい。
男なんかてめえで人生切り開いてけ。名前が格好いいとか親の希望とか関係ない。
お前の力次第だろw名前の“何か”に期待するな。
親から一字もらえりゃ十分だ…って思う。
長男、良景は生まれる数ヶ月も前から決まってて、誰からも異論は無かった。

しかし、女の名前となると違う気がした。
女は表情という意味での“顔”が大事。気持ちは顔に出る。
呼ばれる名前で一生の顔が決まっていく。嫁にいく事もある。
名字も変わるかもしれない。
女は名前が人生を決めるんだ…と、勝手に相当な重圧を感じている。
しかも、たぶん俺の娘は俺に似て美人にはならないだろうし…
これはいい加減に名前付けられないぞ、と何ヶ月も悩んだ。
第一、女の名前なんて考えたことも無いし。
女の良い名前なんて「さゆり」くらいしか思いつかない。
しかも俺はデザイニングのプロ。素人ではない。
死んだ親父には及ばないがキャリアは20年。
だから「◯◯◯とかかわいくね?」とか、意味も由縁もなくキラキラネームを付けるとか、プライドが許さないし末代までの恥。

しかも、長女の名前はなぜか家族・親族全員の意見がバラバラに割れている。
収拾がつかない状態が数ヶ月続いている。
これを一人一人説得して、抑え込んで、調和をとり、全員のベクトルを同じ方向にさせるのもストラテジストの仕事…

え?仕事かよ!!

で、命名。

“神”無月生まれ。
氏神天祖神社の“神”幸祭の年生まれ。
また、天祖神社の別称は駒込“神”明宮。
地元の富士神社の奉る霊峰富士などを“神”奈備(かんなび)と呼ぶ。
親父も俺も敬虔な“神”道信仰。
小川家の女は偶然、四代続いて「か」から始まる名前で、長女で五代目。

とまぁ、これだけの御託を並べ、家族にプレゼンした。
スライドも作った(笑
そしたら、満場一致で決定。
あぁ、よかった…




2012年9月

9月といや、駒込天祖神社の例大祭。
今年は神幸祭の年。
本社神輿が出るってわけだ。
しかも、今年は息子の初めての神幸祭。

息子を肩に乗せて担ぐのには慣れている。
だがこの四年に一度の本社神輿に子供を入れるのは危険。
でも、今年を逃したら四年後は七歳。
七歳の子供を乗せるのはみっともない。

ってんで、タイミングを見計らって青年會に固めてもらって上富士交差点でバッと入れた一分間。
撮ってくれた女性の知人も強面のおっさんに突き飛ばされながら必死に撮ってくれた。
息子を本社神輿に乗せるなんて滅多にできないこと。
同好会の方々、町会の方々、青年會の同志、みなさんありがとうございます。

四年前の神幸祭のときにお腹の中にいた息子。
でまた、今月出産予定の女房の腹は大きい。
「あんたんとこは神幸祭の度にお腹が大きいのね」なんてみんなから言われ。

で…腹の中の子は十中八九女の子らしい。
俺は女は神輿に乗せない主義。






2012年8月

恒例、靖国参拝。
今年は女房子供が、女房の実家に遊びに行っているので俺ひとりで。。






2012年7月

山手線に乗ってたら、日焼けしたいかつい男が駅のホームを歩いていた。
しかし、その男の表情はとても曇っていて、俯き加減に歩いていた。
まるでさまーずの三村みたいな微妙な困った表情をしていた。
俺は電車の中から、この顔三村に似てるなぁ、なんて思っていた。

何か嫌な事があったのか。
これからとても行きたくない所へ向かっているのか。
体調が悪いのか…
かなり困惑した微妙な顔でとぼとぼ歩いていた。

3秒後、後ろから白雪姫のコスプレをした女の子がついてきた。
キラキラ光るサテンのドレスにティアラと白い靴。
手にぬいぐるみを抱えた小さな娘さんだった。

まさか、俺の2番目の子供は女じゃないよな。




2012年6月

元旦に立てた今年の目標は“無病息災”だった。

夜中、息子が酷く咳き込む。
数時間咳をしっぱなし。
…ん〜、これはちょっと普通じゃないな。
深夜4時だったか、駒込病院へ電話する。
すぐ連れてくるようにと。
すぐさま息子を抱えて病院へ。

検査の結果、肺炎かも。即入院。
ん〜、3歳にして入院か。厳しいな。

女房は妊婦だから感染の不安もあり病院から帰らせた。
入院はおよそ5日間、息子は母親と会えない。
さっき二人きりの病室で不味そうな病院食を食べさせた。
哀れな息子を見てすげぇ切なくなった。
ふぅ…病室にノートPCを持ち込み、今週はこのままか。

院内は全館禁煙。喫煙所もなし。
夜中に病院を抜け出して、近くのコンビにで煙草を吸う。
病室に戻ってPCに向かう。

俺はいままで入院をしたことが無い。
もちろん息子も人生発の病院泊。
個室に付き添いでベッド並べて。スヤスヤと状態も悪くなく、母親がいなくても寂しがらずに平気で眠ってる。

しかし仕事で18年、連徹絶食で鍛え上げてきたこの肉体と精神力が、こんな形で役に立つとは…。昨日から睡眠4時間&メシ1食。
まぁ、いつもより楽だぜ( ̄ー ̄)

はっ!!病室のベッドにPC持ち込んでクラウド使って。連徹仕事やって体壊したら点滴打ってもらって、死ぬまで仕事続けられんじゃん。俺天才じゃね⁈

父子二人だけの時に珍しく心が折れて俺に泣きついてきた。滅多に俺に弱音を吐かないのに。

「こら、男が泣くな。お父さんが必ず病院から帰してやるから」

と指切りした。明日はその日。息子との約束は絶対に守る。
厳し過ぎて嫌われても良い。ただ親父がいれば不安を感じない。そういう存在になりたい。
いろいろ勉強になった。




2012年5月

元旦に立てた今年の目標は“無病息災”だった。

夕飯時に強烈な胃痛におそわれてから5時間。
ずっとミシミシ痛い。
メシを途中でやめて、腹減ったまま。

病院へ行く。
胃が痛くて待合室で冷や汗。
(先生、早くしてくんねぇかな)

問診&触診
先生「何か鍛えてんの?」
俺 「…は?(汗」
先生「お腹筋肉の塊だねぇ〜」
俺 「あ、そっすか…(汗」
先生「胃潰瘍だね」
俺 「あぁ…(汗」
先生「薬出すけど治らなかったら検査です」

_/乙(、ン、)_腹筋の話なんかいいよ…

(帰宅)
息子「ねえねえ、お父さん!男ってバカだよね!」
俺「あぁバカだよ」
息子「うん!ねぇお母さん!男ってバカなんだ!」
女房「よかったね~。分かり合えたんだ」




2012年4月

息子の幼稚園の入園式。
駒込に引越してきたのは、俺が35年前に通っていた同じ幼稚園に行かせるためでもあった。

俺が着ていた制服とほぼ変わりなく、当時と同じまま。
自分が通っていた幼稚園に息子が入園するというのは、いろいろ興奮した。

だが、初日から問題勃発…。
入園式も終わり、集合記念撮影を終えた時のことだった。
クラスの友達と些細なことで喧嘩。
そして泣かしてしまう始末…

教室に戻って、はじめての歌の授業。
一番後ろの席だった息子は、ズカズカと一番前まで歩いて行って、先生の隣で何やら騒いでる。

あのマイウェイは誰に似たんだ…






2012年3月

俺はグアムが大好きだーーーーー!
天気良いし!暑いし!近い!




2012年2月

去年の9月に屈辱的な体力不足を感じてから約半年。
とにかく体重を増やす事を念頭に置いてきた。
呑む時は食べなかったり、魚大好きだったり、そんな食生活を変えた。
牛丼食ってビール。魚よりまず肉。
プロテインでタンパク質とって、ビタミンとカルシウム。
そしてウェイトトレーニングも重ねた。

とは言え、半年しか経ってないがなかなか体重が増えない。
何となく上半身は筋肉が付いてきた気がするのだが。
体重計に乗っても6kgしか増えていないのだ。
しかも、一晩徹夜をするとあっという間に1.5kgくらい減る。

ガックシ…
俺が食ったあの肉どもは、どこで燃えてどこに消えていってるんだ…




2012年1月

年始早々、いや正確には晦日にオフクロと大喧嘩。

12月30日、深夜。
家に帰ってきて1人、俺は台所にいた。
…あれ?おせちは?
今年から正月は我が家でやる事になった。
一家の長である私の家でおせちを用意し、家族と共に過ごすのだ。
実家で使っていたお重を預かり、女房がおせちを詰める。
その予定だったのだ。

が、台所が異様にキレイである。
ざわざわした感じが吹き上がってきた。
おせちって…もっと台所が騒然として、ドタバタするんじゃないの?
まさか女房のヤツ、何も用意していないとか無いよな…
女房はもう息子と二階で寝てる。
不安に思った私はオフクロに電話した。

年末差し迫った深夜。
俺「あのさ、おせちなんだけどさ」
母「んん、どうしたの」
俺「おせちって、いつ頃から準備するの?」
母「は?あんた何言ってんの?」
俺「ん〜、だからわからないから聞いてんだよ」
母「あんたバカじゃないの?なにこんな時に言ってんの!」
俺「え?何を?」
母「晦日になっておせちの事聞いてくるバカがどこにいんのよ!」

こうして
12月30日の深夜に母親と怒鳴り合いの喧嘩が始まったのである。

俺「あ?!わかんねぇから聞いてんじゃねぇかよ!」
母「わかんないなら、わかんないってなんでこんな日に言ってくんの!」
俺「俺は男だぞ!おせちの何だとか、知るわけねぇだろうが!」
母「バカじゃないの!あんたんとこでおせちやるって言うから、やってんでしょうが!あたしは何も知りませんよ!」
俺「それが困ってる息子に言う言葉かよ!」
母「困ってるとかバカな事言ってんじゃないわよ!」

深夜に電話で怒鳴る。売り言葉に買い言葉。
母「晦日になっておせち云々とか、聞いた事無いわ!」
俺「んだと!わからねぇから聞いてんだろうが!やってくれなんて言ってねぇよ!」
母「じゃやんなさいよ!」
俺「だから!それを聞いてんじゃねぇか!」
母「知らないわよ!んなの!」
俺「あっそうかい!じゃいいよ!もう今年はおせち無しな!正月も無しだ!」
ガチャ!!

バカヤロウ!男の俺がおせち云々の事なんかわかるわけねぇだろ!それを聞いたくらいでバカ呼ばわりとか、ふざけんなよクソばばぁ!

その大声で二階から女房が降りてきた。
妻「何、大声出してんの…?」
俺「…ったくよぉ」
あまりの怒りに、タバコに火をつけようと、ふと目線を下に下げると…

なんということでしょう!
台所の隅に黒豆が煮たやつが鍋に入っているではありませんか!

俺「あれ?」

さらに、テーブルの上に女房の手書きのおせち献立が置いてあるではありませんか!

俺「あれ?」

どうやら俺は早とちりをしたらしい。いや、あまりに台所がキレイすぎておせちの準備などされていないと勘違いしたのだった。

妻「どうしたのよ…」
俺「いや、あのさ…クックック…」

自分の早とちりに笑いがこみ上げてきた。
女房は既におせちの準備をすべて済ませていたのだった!
それを女房に確認もせず、勝手に俺が母親に電話してしまったのだ。

妻「早く、おかあさんに謝んなさいよ」
俺「あぁ」
妻「夜中に大声で喧嘩してるから、何かと思ったわよ!」

慌ててオフクロに電話して、事の一部始終を話した。呆れられて、もう眠いから寝るから、と言って電話を切られた。

年末最後に、まぁ気の短い早とちりをやってしまったもんだ。
で、元旦に出てきた女房の初めてのおせち料理がコレ。

初めてにしてはすげえ。
上出来!と、好評だった。
よかった…



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